※ここで言及された内容はISIグループの公式見解ではなく、筆者の個人的な見解であり、文責は筆者にあります。
「専門学校に魅力を」、、、
決していまの専門学校に魅力がないからそう言っているのではありません。新聞・雑誌の記事を基にした授業や生徒各人の実力と課題に応じたオーダーメイド式の教育方針「大村単元学習法」を確立し、国語教育に尽力した故大村はま先生をご存知の方も多いかと思います。その方の著書『教室に魅力を』というタイトルがふと、頭に浮かんだのです。
その著書の冒頭の見出しは「教室の魅力とはーどの子にも成長の実感があること」とあります。
今回のタイトル「専門学校の進化」というテーマを考えたときに、私自身の思考が勝手にその妄想に向かって走り始めてしまっていました。
ISIグループは、日本語学校、留学事業、海外大学日本校、専門学校を運営する総合教育グループですが、ISIに関わる学生は、高等教育に進学したり在学している学生が大半を占めています。
ISIは日本における高等教育に関わる教育グループとして、これからの時代の日本の高等教育の動向に寄り添いながらも、「多様性」や「グローバル」といった視点で、社会に必要とされる人材の育成と輩出を常に模索しています。今回は今後の専門学校の在り方についてテーマを絞り、私見(妄想)を述べてみたいと思います。
2040年に向けた日本の高等教育環境
2018年に文部科学省は、本格的な人口減少社会の到来など経済社会の大きな変化の中で、高等教育機関が求められる役割を真に果たすことができるようにひとつの構想を発表しました。その構想とは、概ね2040年頃を見据えた、これからの時代の高等教育の将来構想について総合的な検討要請に基づいた「2040年に向けた高等教育のグランドデザイン(答申)」(以下、「グランドデザイン答申」という。)です。
このグランドデザイン答申の中では、2040年頃の社会のキーワードとして①持続可能な開発のための目標(SDGs)②Society5.0・第4次産業革命 ③人生100年時代 ④グローバル化 ⑤地方創生 の5つを挙げ、変化の激しい時代であるのであくまでも予想としながらも構想が述べられています。
グランドデザイン答申の概要は以下の図で1枚にまとめられています。
※文部科学省HP、2040年に向けた高等教育のグランドデザイン(答申)(中教審第211号)、概要より
2年近くにわたり議論された中でまとめられた内容であるだけに、この図1枚にはどれをとっても重要なキーワードばかりが記載されています。その中でも今回は「Ⅰ.2040年の展望と高等教育が目指すべき姿」の小項目である『「高等教育と社会の関係」 産業界との協力・連携』を話題に取り上げてみたいと思います。
産業界との協力・連携
「Ⅰ.2040年の展望と高等教育が目指すべき姿~高等教育と社会の関係~」では以下の記述があります。
『2040年を見据えた高等教育と社会の関係については、世界が抱える課題に教育と研究を通じて、新たな社会・経済システム等の提案をしていくこと、その成果を社会に還元することを通じて、社会からの評価と支援を得るという好循環を形成することにより、「知識の共通基盤」から更に進んで「知と人材の集積拠点」としての機能を継続的に発展させていくことについて』
ここでは産学連携に関して
・世界が抱える課題に教育と研究を通じて、新たな社会・経済システム等の提案をしていくこと
・成果を社会に還元することを通じて、社会からの評価と支援を得るという好循環を形成すること
・「知識の共通基盤」から更に進んで「知と人材の集積拠点」としての機能を継続的に発展させていくこと
の3点が言及されています。
ISIが取り組む専門学校教育や産学連携教育に関しては、こういった点に対しての貢献やアプローチが社会から求められていると言えます。もちろん、この3点に関わること以外にも貢献やアプローチの検討の余地は十分にあると言えますが、ここでは、この3点に関しての貢献やアプローチを検討してみたいと思います。
「知識の共通基盤」から「知と人材の集積拠点」として
グランドデザイン答申も含めて、昨今の教育改革にまつわる議論は、中曽根内閣の時に設置された臨時教育審議会からの議論が実に30年以上にも渡って討議されてきた背景があります。改革以前の教育では、既に積み上げられた専門知識を学び、習得する場としての高等教育機関の役割がありましたが、改革後はそれに加え、社会変革を起こせる新しい専門知、専門人材という期待が付加されています。
この変化を象徴するひとつの改革が「専門職大学」「専門職短期大学」という名称で、1964年の短期大学の制度化以来、実に55年ぶりに学校教育法第1条校として新しい学校が規定されました。2021年5月現在では、専門職大学が14校、専門職短期大学が3校設置認可を受けています。(※文部科学省HP、専門職大学等一覧より)
専門職大学では、通常の大学の設置基準とは異なり、20単位以上を長期の企業内実習(インターンシップ)にあてることが定められ、また、専任教員のおおむね4割以上は想定される進路先の実務経験と実績を持った「実務家教員」とし、その半数以上は研究能力を併せ有することを義務付けられています。このことで、より実学的なカリキュラム構成になっていたり、研究主体の教員だけではない実務家教員が多数教育に関わり、教員の多様性による教育活動の活性化が期待されています。
これは原則的に言えることですが、ある組織(環境)にただ多様性が存在していたり、これまでとは異なったシステムが導入された、ということだけではイノベーションは起こるはずもありません。そこには、これまでになかった状況に対して、新しい組み合わせによってイノベーションを起こし、解決を探ろうとする、新しい生態系(組織文化)が生まれてくる必要があります。新しい課題に対して、新しいシステムで解決を試みることには何ら異を唱えるつもりはありませんが、新しい生態系に至るためにはリーダーシップの問題が核心的な課題としてあり、その解決なしにイノベーションは起こりえないのです。
そう考えたときに、専門職大学、専門職短期大学を含めた専門学校教育はこれからの時代、どのような変化を起こし、どのような役割を担うためにリーダーシップを発揮すべきなのか、それを最後に考えて(妄想して)みたいと思います。
学びに効果・効率・魅力を
最近学んだ面白い学問領域があります。それはインストラクショナルデザイン(ID)という「教え方を教えます」という教育工学の理論です。コロナ禍で学校教育にオンライン授業が当たり前のように取り入れられるようになり、オンライン授業をどう効果的に行うのか?という課題に対して、このインストラクショナルデザインの考え方を取り入れて、授業を設計するケースが増えていると聞きます。
IDをもう少し深く知ってみたい方は、この分野の第一人者である鈴木克明教授の以下の論文がとてもよく情報がまとめられていますので、ご参照下さい。
※電子情報通信学会 通信ソサイエティマガジン/13 巻 (2019) 2 号、インストラクショナルデザイン ―学びの「効果・効率・魅力」の向上を目指した技法―
専門学校教育の進化とIDと、どう関係があるのか、ということですが、IDの考え方である「学びに効果・効率・魅力を取り戻す」ことが、日本の専門学校教育を進化させるのではないかと考えた(妄想した)のです。グランドデザイン答申で見たように、これからの時代、教育にイノベーションが求められるのは、激しい時代の変化に対応する必要があるからです。
となると、専門学校分野では、環境が変化した分、次々と新しい学びの資格が誕生し、これまで教えていた資格が陳腐化する可能性は大いにあります。特に事務系の仕事はAIに置き換わられると言われていて、その分野の専門学校のニーズも必然的になくなっていきます。
それでは、専門学校は資格を教える学校でなくなればよいのでしょうか。私はそうは考えません。資格を取得することは目標として正しいと考えます。しかし、資格を取ることを目的とはしない学校運営を目指してみてはどうか、という提案をしたいと思います。
冒頭で紹介した大村はま先生が教室に魅力を生み出すために、ありとあらゆる努力と工夫を傾けられたように、資格の取得も実践的な学びも、全ての学びをインクルードして、どうしたら専門学校に魅力が生まれてくるのかを試行錯誤してみる。
変化に対応するには、変化に迅速に対応することも一つの解決であると考えます。変化に迅速に対応するために、「決められた資格の学び」という枠組みの中でいかに効果的に、効率的に、魅力的に教えるのかを追求します。学生は短期間に楽しみながらその学びをものするという学習体験をすることになります。
卒業後も新しい学びを繰り返すことになるであろうこれからの時代では、その学びは理にかなってると言えます。短期間で資格学習を終えてしまった学生さんは、更に上の学びに進むことも良いし、関連のある分野の学びを加えることができれば、人材価値も上がるはずです。
卒業後も、そういった学びの体験を応用できるようになれば、変化に対応し続けられる可能性も生まれてきます。それに、専門学校に入学を希望する学生さんの多くは、短時間でリーゾナブルに学ぶ必要のある学生さんの割合が、大学に進学する学生さんのそれよりも多いことも事実です。
そもそも人は本来、変化を楽しむことのできる創造性を持っている、と私は考えています。TEDトークで再生回数がトップクラスにあるケン・ロビンソン氏の「学校教育は創造性を殺してしまっている」は創造性に関するとても示唆に富んだプレゼンテーションです。何らかの理由で、創造的であることをあきらめてしまったり、知的活動に苦手意識を持ってしまったりした学生さんが、学びに対するオーナシップを取り戻すことは、社会の安定と成熟を実現する上で大きな社会貢献につながります。
まとめ
グランドデザイン答申から専門学校教育がこうあってほしいという見解(妄想)を述べてみました。グランドデザイン答申では専門学校は産学連携教育による、社会のイノベーションへの貢献が強く期待されていることが読み取れます。しかし、ここで述べた私見では、専門学校の学びの範囲を大きく変えるということではなく、学校の運営をイノベーティブに変化させていく進化の方向性もあるのではないかと考えています。
専門職大学のように、これまでの専門学校機能に研究機能も持たせるようなハイブリッドな変化も一つの解決案だと考えます。ただ、全ての専門学校がそのような変化を遂げることができるだけの資金的、人材的余裕があるわけではないことを考慮すると、専門学校にこれまで以上の効果・効率・魅力が付加されることで、日本中に魅力的な専門学校が増えて、変化さえも楽しむ社会になることを願うばかりです。(丈二)